スペインに住み始めると、最初に戸惑うことがあります。 それは、命令形や”tú”(君)を、日常的に、そして自然に使うということです。
「いきなり命令形?」「初対面でいきなりタメ口!?」 とびっくりする人も少なくないでしょう。
しかし、スペインでの生活が長くなると、次第に見えてきます。 これは無礼ではなく、スペイン人独自の価値観に基づいた言葉づかいなのです。
カフェでの注文に表れるスペイン人の思考
スペインのカフェで、こんなやり取りが交わされることがあります。
客「Ponme un café, por fa(コーヒーちょうだい)」
店員「¿Con por fa o sin por fa?(“お願い付き”?それとも“お願い抜き”?)」
日本にいたら、店員さんに向かって命令形でものを頼むことなんて、ふつう考えられませんよね?
スペインでは、無礼どころか、 店員が上のように返答することもあるぐらい。
つまり、「「por favor」なんて言われなくても、カフェを用意するよ。それが自分の仕事なんだから」ということなんです。
「形式的なていねいさなんていう面倒なものは取っ払おうよ」という考え方が共有されているからこその、軽やかなやり取りです。
初対面での距離感の近さ
旅先でスペイン人と初めて出会い、自己紹介を交わす場面。 日本語では、「ご出身はどちらですか?」「どのようなお仕事を?」など、少し距離を置いた尋ね方をするのが一般的でしょう。
しかしスペイン人はごく自然に、次のよう質問します。
- ¿De dónde eres?(どこ出身?)
- ¿Qué haces?(何してるの?)→「何する人なの?」つまり、この文脈では職業を尋ねています。
このようなストレートな言い回しは、フレンドリーな関係の入口として機能しているのです。
教授にも「tú」で話すという常識
スペインでは、学生が先生や教授に対してでも、”tú”を使って話すのが普通です。 たとえば、何か質問がしたくて、先生を廊下で呼び止めるシーンでは、下のように声を掛けます。
- ¿Puedes ayudarme?(手伝ってくれる?)
- ¿Tienes un minuto?(1分いい?)
当初、私の感覚では先生や教示に敬意を表して”usted”で話すのが当然でしたから、この”tutear”( “tú”を使って話す)に拒絶反応がありました。
でも、”usted”で話すと、相手にかえって「他人行儀」「信頼していない」という印象を与えてしまう、ということに気づいてからは、”tutear”にも次第に慣れていったわけですが、それでも
Dame tu número de teléfono.(電話番号教えて)
なんて口の利き方を先生にするのは、なかなか勇気がいることでした。
日本語の感覚では到底考えられないこの慣習も、 スペインでは相手からの信頼度を確認できるバロメーターとして、ごく自然に受け入れらているわけです。
命令形は無礼ではない
食事中、誰かに何かを取ってもらいたいとき。 相手が目上の人や、自分を家に招待してくれた人だったりしたら、日本語では、「〜していただけますか?」といった丁寧な表現でたのみますよね?
一方でスペイン語では、次のような命令形が普通に使われます。
- Pásame la salsa.(ソース取って)
- Dame el plato.(その皿ちょうだい)
こうした言い回しは、決して高圧的なものではなく、 スピーディーで、効率的なコミュニケーションを好むスペイン人のスタイルから来るものです。
usted は必ずしも歓迎されない
公共の場などで年配の方に敬意を払って、”usted”を用いるのは自然なことに思えます。 たとえば、
- ¿Puede sentarse, por favor?(おかけになってください)
- ¿Necesita ayuda con algo?(何かお困りですか?)
しかし、スペインではこの”usted”が、 「年寄り扱いされた」「距離を取られている」と感じさせてしまうようです。
「私はそんなに年寄りじゃない!」と怒られることがありますから、注意してください(笑)
丁寧語が”よそよそしさ”を生む
スペイン人にとっては、遠回しで形式的な言い回しが「壁」を感じさせるもの。
丁寧に言ったつもりが、かえって「心の距離がある」と受け取られる。 だからこそ、命令形やtúのような表現の方が、断然好まれているのです。
スペインでは、その人との関係性や接し方に気をつけるという意味で“ていねい語”を使うことは、あまりありません。むしろ、
- túで話すこと
- 命令形で頼むこと
で「私はあなたを信頼している」「親しみを感じている」というサインを送り、相手とすぐに気の置けない関係になることの方が、重要視されているのです。
まとめ
言葉の使い方には、その国の「人との関係のあり方」が表れます。
日本語の“ていねいさ”の基準でスペイン人の「タメ口文化」を判断すれば、「無礼だ」と感じるかもしれません。 しかしそれは、文化的な価値観の違いによるものであり、誤解にすぎません。
スペイン人の距離感の近さやストレートな物言いは、相手を尊重していないこととは無関係です。 この文化的な前提を理解すれば、スペイン語とのつきあい方も、きっと変わってきますよ!
¡Hasta luego!
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